大判例

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最高裁判所大法廷 昭和26年(あ)990号 判決 1954年11月10日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人岡本尚一、同佐伯千仭、同山本良一の上告趣意第一点について。

昭和二三年法律一一〇号を以て改正された地方税法(この法律はその後更らに改正されたので、以下これを旧地方税法と称する)一三六条二項は、特別徴収義務者が徴収した地方税を納入しなかったときの罰則を定め、これを同条第一項の、詐欺その他不正の行為により地方税額の全部又は一部につき地方税を免れた者と同様に、三年以下の懲役又は納入しなかった税金の五倍以下に相当する罰金若しくは科料に処することにしている。論旨は、この場合特別徴収義務者は自治体に対して金銭支払債務を負担するに過ぎないものであるから、その支払期日を遅延したからといってこれに対して体刑を科することは残酷であり、殊に詐欺脱税と同様な懲役又は罰金の刑を科することは著しく不当であって、かかる法律は憲法一三条及び三六条に違反するものであると主張する。しかしこの場合特別徴収義務者は、納税者から既に税金を徴収しておきながら、これを自治体に納入しないのであるから、単純な滞納とは異なり、その犯罪は業務上横領に類似する性質を有する。従ってこれを詐欺脱税と同様な刑に処したからとて、均衡を失する残酷な規定ということはできない。特別徴収義務者の税金納入を確保するためには、その違反者にこの程度の刑を科し得るものと規定しても決して不当とは認められない。

憲法一三条は国民の権利について立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めているが、相当の理由があって設けられた刑罰規定については、その刑が他の一般の刑に比して重いというだけの理由で、同法条違反の問題を生ずるものでないこと、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)一〇三三号同年一二月一五日大法廷判決、集二巻一三号一七八三頁)に示されているとおりである。してみれば上述のような理由に基いて税法違反の刑を定めている旧地方税法一三六条二項につき、憲法一三条違反を主張する論旨の理由なきこと明らかである。

次に憲法三六条にいわゆる残虐な刑罰とは、不必要な精神的肉体的苦痛を内容とする人道上残酷と認められる刑罰を意味すること、しばしば当裁判所の判例(昭和二二年(れ)三二三号、同二三年六月三〇日大法廷判決、集二巻七号七七七頁等)として示したとおりである。それ故旧地方税法一三六条二項の規定を憲法三六条に違反するものとする論旨も亦理由がない。

論旨はまた本件犯罪の情状を述べて原判決の言い渡した刑が憲法一三条及び三六条に違反すると主張するけれども、その理由なきことは上記判例の趣旨に照らして明らかである。論旨はその実質において結局量刑不当の主張に外ならない。

同第二点及び第四点について。

入場税は昭和二三年七月七日の地方税法改正によって地方税に移されるまでは国税であったから、間接国税犯則者処分法によりその犯則については通告処分を必要とし、またその起訴については税務官吏の告発が訴訟条件であったが、地方税となってから暫時の間は通告処分及び告発を必要とする旨の法令の明文を欠いていた。しかるに昭和二四年五月三一日法律一六九号によって旧地方税法に一二六条の二が加えられ、地方税に関する犯則事件についても国税犯則取締法の規定を準用し、入場税及び同附加税等に関する犯則事件は間接国税に関する犯則事件とする旨定められたので、ここに再び通告処分及び告発を必要とする明文上の根拠ができた。論旨は右の明文を欠いていた当時になされた地方税法違反にも通告処分及び告発を必要とするものと解すべきことを主張して、それと反対の解釈をとった原判決を非難する。しかし右の昭和二四年法律一六九号附則には、「入場税及び入場税附加税に関する規定は昭和二四年六月一日から施行する」(一項但書)と規定し、且つ「地方税法一二六条の二の規定は、この法律の施行前にした行為には適用しない」(三項)旨明文を以て定めているから、この法律の適用のなかった当時になされた本件の行為について所論のような解釈を容れる余地はない。論旨は所詮立法論に過ぎず、原判決がかかる主張を斥けたのは当然である。(昭和二五年(れ)七六六号同二六年三月一五日第一小法廷判決、集五巻四号五三五頁参照)。

なお論旨は、旧地方税法施行後も国税たる入場税が存続するものとなし、地方税たる入場税の犯則取締についても前者との均衡上国税犯則取締法を準用すべきであると主張しているが、国税たる入場税を規定していた入場税法は旧地方税法の施行と共に廃止されたのであるから、国税たる入場税はその後最近の復活に至るまでは、存在しなかったのである。所論国税犯則取締法施行規則一条一二号に依然として入場税を挙示してあるのは、それが国税であった時代のものにつき徴収等のために存置されたに過ぎない。また所論大阪市南区長の告発及びその取消は、本件には国税犯則取締法の適用も準用もないのであるから、問題とならない。

論旨は、本件入場税法の犯則事件について原判決のように通告処分及び告発を必要としないものと解するならば、その解釈が憲法一三条に違反するか、さもなくば原判決の適用した法令自体が同法条に違反するかのいずれかであると主張するのであるが、入場税法の犯則取締について通告処分や告発を必要とするものと定めるか否かというが如きことは、立法政策として自由に決し得るところであって、法令の違憲問題を生ずるものではない。(前記、昭和二三年(れ)一〇三三号同年一二月一五日大法廷判決参照)。またこの点について法令の解釈を誤ったとしても、それは法令違反たるに止まり、違憲の問題を生ずるものではない。従って所論違憲の主張はすべて理由がない。その余の論旨は単なる法令違反の主張であって適法な上告理由とならない。

同第三点について。

旧地方税法一三六条二項の不納入罪は特別徴収義務者が納入すべき金額を納入しないで法定の期限を経過することによって当然に成立するものであって、これに対して督促状を発することは不納入罪成立の要件でないこと(尤も本件では、記録一七丁編綴の告発書によれば、被告人は当局より督促があったにもかかわらず期限を過ぎた後になってもなお納入しなかった事実が窺われる)前記当裁判所の判例(昭和二五年(れ)七六六号同二六年三月一五日第一小法廷判決、集五巻四号五三三頁)の示すとおりである。これと同趣旨に出た原判決を非難する論旨は、要するに単なる法令違反の主張に過ぎず適法な上告理由とならない。

なお上記三弁護人名義の「上告趣意補充申立書」は上告趣意書としては期間経過後提出された不適法のものであるが、右の点に関聯して判例違反の主張がなされているので、職権を以て調査すると、論旨は前記判例(この判例は原判決が言い渡された後になされた判決である)に「旧地方税法一三六条二項の規定は特別徴収義務者が徴収すべき地方税を故意に徴収せず又は徴収した地方税を故意に納入しなかった場合に成立する脱税に関する犯罪の処罰規定であって地方税の単なる滞納の場合の規定ではない」とあるのを援用して、原判決が、毫も故意なく単なる滞納に過ぎない本件に右の条項を適用したのはこの判例に抵触するというのである。しかし右の判決が「故意に」と言っているのは、刑法学上における「故意」(犯意)の意味であって、通俗に行われているような「悪意を以て」という意味ではない。同判決を通読してみれば、旧地方税法一三六条二項の不納入罪は納入期限の経過によって直ちに成立するものとした趣旨であること明らかである。それ故原判決は右の判例と抵触するものではない。

同第五点について。

論旨は量刑不当の主張であって適法な上告理由とならない。

弁護人清瀬一郎、同内山弘の上告趣意第一点について。

論旨援用の大審院の判例はいずれも債務の履行遅滞又は不履行と損害賠償との関係に関する民事の判例であって、税金不納入と刑事責任との関係が問題である本件に適切でないから、論旨は採用できない。

なお前記両弁護人の「上告趣意に対する説明並に補充」と題する書面は、上告趣意書としては期間後提出の不適法のものであるが、その内容を職権を以て検討してみても、所論判例違背の主張は援用の当裁判所判例の趣旨の誤解に基く理由なきものであること、前記岡本弁護人等提出の「上告趣意補充申立書」について説明したところによって明らかである。

同第二点について。

論旨は通告制度のあった税法違反事件に関する大審院判例を引用して原判決の判例違背を主張するけれども、本件犯行当時においては、旧地方税法一三六条二項の犯罪の成立に通告処分も税務官吏の告発をも必要としなかったこと、当裁判所の前記判例に示されているとおりであるから、かかる手続の必要なことを前提とする所論は失当であって採用することができない。

同第三点について。

原判決が是認した第一審判決は、第一、第二及び第三の犯罪事実につき、それぞれ被告人が入場税及び同附加税を徴収した年月日を明示し、徴収した入場税を大阪府税条例五八条所定の期限内に大阪市南区役所に納入しなかったことを判示している。右の条例によれば、その納入期限は徴収した月の翌月二〇日であり、不納入罪はこの期限の徒過によって直ちに成立するものであること前に述べたとおりであるから、本件犯罪成立の年月日は判示されているというべきである。従って第一審判決に犯罪成立の時の認定を欠くという前提の下に、それが大審院の判例に違反することを主張する論旨は理由がない。

右両弁護人はまた「上告趣意補充書」において、第一審判決が当裁判所の判例に違反すると主張している。しかし第一審判決に示された犯罪の日時によって、犯行の同一性を特定するには十分足りているから、同判決は所論引用の判例の趣旨に少しも反してはいない。論旨は理由がない。

なお記録を精査しても刑訴四一一条を適用すべき事由は認められない。

よって刑訴四〇八条に従い、裁判官全員一致の意見を以て、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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